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2026年11月7日/参加記/パフォーマンスラボ

中村豊さんの「パフォーマンスラボ」第6回に参加しました(前編)

今回のラボセッションでは、ゲスト会として、USTA 全米テニス協会 プレーヤーディベロップメント/ストレングス&コンディショニングで活躍されていらっしゃる大池智さんをお迎えしての対談形式での時間でした。

パフォーマンスラボ主宰の中村豊さんとは30年来のお付き合いだそうです。

静岡市出身の大池さんは、日本の大学に進学したのちに渡米。現地でトレーニング科学の著名な先生との出会いがあり、さまざまな転機が重なりそのままアメリカで仕事をすることになったといいます。

ご自身自らガツガツと門を叩きにいったというよりも、偶然の巡り合わせのなかで”そうなった”という印象を受けました。ご本人からも運が良かったと謙遜というよりも事実として淡々と語られているお姿がより高潔な佇まいを感じさせます。

さて、ここに書き出せばキリがないほどの素晴らしいお話ばかりで何度もどの切り口でも振り返りたいことばかりですが、ひとつにしぼって記憶としてジャーナリングしていきたいと思います。

失敗するのは誰なのか

会の中で、「現在の日本のトレーナーに向けて、一言お願いします」というシーンがありました。

すると大池さんからは(やや異なる表現にはなりますが)「失敗する可能性を怖がらないでください。本当に危ないときは経験のある人たちがストップをかけます。そこを怖がって大事を取りすぎて、成長の機会や経験の芽を摘んでしまうのは惜しいことです」とありました。

「失敗を恐れることはよくない」と、よく耳にする言葉だからこそ、やっぱり大切なんだと何度も反芻しました。

しかし、左耳では素直に聞いている一方で、右耳ではもうちょっと別の角度で掘り下げてみたいという自分の声が聞こえてきました。

そもそも失敗とは?と考えることもありだと思いましたが、一度、それが”ある”前提で失敗するのは”誰?”なのかを考えてみました。

例えば、トレーナーが選手に過剰な負荷を与えてしまい、その結果、選手が怪我をしたとします。

トレーナーはその経験から、この選手にとっては負荷が大きすぎたのだと学ぶかもしれません。

しかし、怪我をした選手にとっては、試合に出られなくなったり、競技生活に影響が出たりする可能性があります。

トレーナーにとっては次に生かせる経験でも、選手にとっては取り返しのつかない損失になるかもしれない。

具体的には困るけれど、抽象的には成長になる。

この2つをどう考えればよいものかと..

「本当に危なかったら経験のある人が止めてくれる」という言葉にも、少し考えるところがありました。経験豊富な人たちがいる環境は、確かに心強いものです。一方で、誰かが止めてくれることを前提にしてしまうと、自分自身で危険を見極めようとする緊張感が弱くなることもあるのではないか。

そんなことを考えていました。

そしてこれという答えが出ないまま、

次は”時間軸”で考えてみました。

失敗するかどうかを考えるのは、まだ早いのかも?

この失敗という言葉を聞いて、私が中学生の頃にとても印象に残ったことがあります。それは、部活動のソフトテニス仲間がコーチからチャンスボールの練習に取り組んでいるのを側でみていた時、何度も何度もミスをしてしまう同級生に対して、コーチが「おいM!今何考えてる!?」と聞きました。すると同級生のMは「まずは右足から動き出して、打点が下がらないように気をつけています」と、それに対して、「そんな考える暇あるか!『よっしゃ!チャンスきた!』って思っとけ!」と。その言葉以降、彼はほとんどミスをすることはなくなりました。

一体この例を挙げて何が言いたいのか。

「失敗するかもしれない」と考えることはもうちょっと後でもよくないか?ということです。目の前にチャンスボールが来たのなら、そこに向かって思い切りプレーする。そして、もし失敗したのなら、プレーが終わってから「なぜ失敗したのか」を考える。考えてみれば、これは当然のことなのかもしれません。

よーい、どん。

その瞬間に、失敗するかどうかを考えている場合ではないのです。

大切なのは、何を達成したいのか。

失敗を回避することではなく、達成したい目標に注意を向けることです。

運動学習には、身体の内なる感覚に注意を向けるインターナルフォーカスと、動作によって外部にもたらされる効果に注意を向けるエクスターナルフォーカスという考え方があります。

例えば、スクワットを行うときには大腿四頭筋に力をいれる!がインターナルフォーカスで、両足で床を押しつぶす!と考えるときはエクスターナルフォーカスです。

もちろん、失敗を恐れることとインターナルフォーカスは同義ではありません。ただ、失敗するかどうかという自分の内側の不安に注意を奪われるよりも、目の前の課題や達成したい結果に注意を向けることには、共通するものがあるように感じます。

そしてこれは、トレーニングの場面でも同じことが言えるのではないでしょうか。

トレーナーは選手に達成してもらいたいことを考え、その過程で生じるリスクとして怪我やオーバーワークを考慮する。もちろんリスクを考えることは必要。けれども、選手がいざ挑戦しようとする瞬間まで、リスクや怪我のことを強く意識させる必要があるのか?

例えば、高重量のバーベルを前にした選手が、「よっしゃ!この重さをあげたら強くなるんだな!いくぞ!」と思えること。それはとても大切なことのように思います。

だからこそ、トレーナーが考えるべきことと、選手がその瞬間に考えるべきことは必ずしも同じではない。選手自身がトレーニングの目的を理解し、自分の体の状態を感じ取り、必要なことを伝えられる。その主体性を持ちながら挑戦の瞬間には目の前の課題に集中できる。

そういった関係がよいのかなと。

では、選手が思い切り挑戦できる身体そのものを、どのようにつくっていけばよいのでしょうか。

後編へ続く。

2026/11/07, Oita

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